見たもの。

範宙遊泳『その夜と友達』

演劇ジャーナリストの徳永京子さんのツイートで、本作が韓国で上演されることを知り、未見だったので早速。

いろんな関係性のあり方に時代が少しずつ追いついてきて、でもそれを上回る速度で、日々いろんな人が既存の形にとらわれず、自分にとってベストな形の関係性を模索しながらつくっていっている状況が今だと思うのだけど

田町と夜の関係においても、そういうことを感じさせてくれる作品。

二人の関係は今すでにある言葉で言うと「親友」だけど、その言葉に収まりきらないものが確かにあって、そのことに向き合うまでに15年かかってしまったのだけれど。そして「恋人」という関係になる選択肢も一瞬よぎりつつ、二人はそれも選択しないわけですね。

親友とも恋人とも違う、二人のあり方。性的指向が異なる二人の間に生まれる愛情、みたいなものが描かれている気がして、すごく良かったな。

すでにある言葉は他人に説明するときに便利だからツール的に使いはしても、「その関係性を言葉に付随している意味の形に嵌め込もうとする必要はない」わけで。これはもう、きっぱり、ない。

100人いれば100通りの関係性があって、その全てが「恋人」とか「夫婦」とか「友達」なんて単語で表せるはずがないのですよねー。言葉で言い表せると安心するけど、「だからこうあるべき」に結びつけるのはよくない。

範宙遊泳、同じく無料公開中の『もうはなしたくない』も、後日見てみたいな。

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シアターコモンズから自分的ラスト、バディ・ダルル『架空国家の作り方』

レクチャー・パフォーマンスのところへリモート参加。子どもの頃に作った架空国家や、境界線を無作為に引き直す作品とか、興味深かったなあ。『熱源』のことを思い出しながら拝聴。

バディ・ダルル、2021年度ヴィラ九条山のレジデントアーティストなんですね。滞在中に取り組むという「想像上の私の祖国」と名付けられた新たなプロジェクトも、どこかで見る機会があるといいな。

次。

KAAT「視覚言語がつくる演劇のことば」新作短編作品『夢の男』。

同じ物語が「1幕 音声言語と手話」「2幕 ろう者の俳優 江副悟史による視覚言語」「3幕 聴者の俳優 大石将弘による視覚言語」「4幕 二人の協働による視覚言語」の形で4回繰り返されるのですが、

2幕と3幕の違いを興味深く拝見した後の、グッと抽象的な語りへと至った4幕が面白かったです。

「視覚言語がつくる演劇のことば」は、演劇に手話や字幕などのアクセシビリティを後からつけるのではなく、あらかじめクリエイティブな要素の一部として組み込みながら、実験的で質の高い演劇をつくることを目指しています。2020年8月から「ラボ」という名称で連続レクチャーを行い、言語としての手話やろう文化、グラフィックレコーディング、海外の事例などを取り上げ、視覚言語を通して聴者とろう者の世界をどのようにつなぐことができるのかを模索してきました。

短編作品『夢の男』では、昨今の社会情勢を踏まえたオンラインでの演劇鑑賞のあり方を試行錯誤しながら、ろう者の俳優と聴者の俳優が、視覚を通したコミュニケーションや身体性の表現を探っていきます。

とのことで、この後のトーク部分も後日公開されるようです。トークも気になる。

週後半からは、ジェニファー・エバーハート『無意識のバイアス』を読み始めつつ。

dav

↑右端の。

まだ第1章しか読めてないのだけど、自分ではコントロールしきれない脳の普遍的な機能として「カテゴリー化」があって、カテゴリー化がバイアスをもたらすのだけど、これが結構厄介。

第10章までの目次を見るに、果たしてこのバイアスを打破できるのかどうか…気になる!読むぞー

(編)

 

 

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