さっぽろ天神山アートスタジオで開催されたアーティスト・トークへ行ってきました。

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ケルトとアボリジニのミックスであるアーティスト、ブルック・アンドリュさんと、第21回ビエンナーレ・オブ・シドニーの芸術監督に選ばれた森美術館チーフキュレーター、片岡真実さんによるトークです。

最初にアンドリューさんからオーストラリアの複雑な歴史について解説。

もともとオーストラリアにはアボリジニの300以上の国があったのだけど、イギリスの植民地化によってそれぞれの言語・文化は原始的で正しくないものとして壊され、

人によってはキング〜、クイーン〜と名付けられるなど、アイデンティティを新たに作り直される過程もあったと。

その当時撮影された、(いかにもな)装飾をまとったアボリジニの写真が本来の姿とは異なっているとか、アイヌの錦絵を思い出しつつ。

あと、「アイデンティティを表象することの複雑さ、政治性」についての話も。

アボリジニの血を引くアーティストは他にももちろんいるのだけど、ステレオタイプなアイデンティティを表現することで、「アーティスト」ではなく「アボリジニのアーティスト」になってしまう、という指摘が興味深かったです。(言いたいことはなんとなくわかる)

価値がないと思われていた「消えた記憶」だったりトラウマを理解することや、イメージがどのように消えたり現れたりするのかに興味があるとも話していたような。

今回の来札はアイヌについてのリサーチで、片岡さんがアンドリューさんを連れてきたのは、彼が白人を中心に構築された歴史とアボリジニから見た歴史の二重性を扱っており、単純化された物語をほぐして複数化させる、つまり「もう一つの物語」を浮かび上がらせるアーティストだから、と。

とはいえ、そこで語られるのは植民地主義と脱植民地主義、みたいなことではなく

もっと普遍的な「人間」という存在についての物語、という印象を受けました。

会場からの質問で、ジュネーブ民族学博物館などとも協働しているように、リサーチ領域からすると発表場所は博物館なども考えられるわけですが、「美術」という手段を取る理由、美術館で発表する理由は?というようなことを聞かれて

「一緒に働くキュレーターたちの高い志によって(みたいなことを言っていたと思う)」と答えて、ふむふむと。

リサーチの結果をアート作品として提示するときの美学的な術についても質問が出ていたけど、これについては「自分にとっても常に実験」とおっしゃってました。

この二つの質問、多分、リサーチとその結果アウトプットされる作品との関係が、今の考察の的になっているのだろうなーと思いつつ、

それに明確に答えられる人(明確な考えを持っている人)がいたらすごいなーとも。私はまるきりボンヤリしております。(当たり前か)

自分的には、トーク内容がとても濃くて、とても質問まで頭が回らなかった次第。

「人間」という存在についての物語、は、今もっとも興味関心があるのは民俗学的なアプローチかな。とにかく頭の中ぐるぐるです。

(編)

 

 

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